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2020/02/14

瑠璃光寺

2月14日
金曜日
バレンタインデー

瑠璃光寺

総会旅行で行った所を紹介しています。

瑠璃光寺(るりこうじ)は、
山口市香山町にある曹洞宗の寺院。

国宝の五重塔を中心として、
境内は香山公園と呼ばれ、
桜や梅の名所にもなっている。

大内氏全盛期の大内文化を伝える寺院であり、
「西の京・山口」を代表する観光名所となっている。

香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして
国の史跡に指定されている。

室町時代、
大内氏25代の大内義弘が
現在の場所に香積寺を建立したが、
義弘は応永6年(1399年)に応永の乱を起こし
足利義満に敗れて戦死する。

義弘の弟である
26代大内盛見が兄を弔うため
ここに五重塔の建設を開始したが、
盛見自身も九州の少弐氏・大友氏との戦いで
永享3年(1431年)に戦死する。

五重塔は
その後嘉吉2年(1442年)頃に完成した。

陶氏の7代当主陶弘房の死後、
弘房の夫人が夫を弔うために
文明3年(1471年)建立した。

当初は安養寺と呼ばれ、
現在の山口市仁保高野にあったが、
明応元年(1492年)に瑠璃光寺と改められた。

戸幕府成立後、
萩に依った毛利輝元が
慶長9年(1604年)に香積寺を萩に引寺したため、
跡地に元禄3年(1690年)、
仁保瑠璃光寺を移転した。

これが現在の瑠璃光寺である。

瑠璃光寺

2020/02/14

バレンタインデー

2月14日
金曜日

バレンタインデー

バレンタインデー(英: Valentine's Day)、
または、聖バレンタインデー
(セイントバレンタインデー、英: St. Valentine's Day)は、2月14日に祝われ、
世界各地でカップルの愛の誓いの日とされる。

元々
269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した
聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に
由来する記念日だと、
主に西方教会の広がる地域において、
かつて伝えられていた。

バレンタインデーの歴史は、
ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。

当時、ローマでは、
2月14日は女神・ユーノーの祝日だった。

ユーノーはすべての神々の女王であり、
家庭と結婚の神でもある。

翌2月15日は、
豊年を祈願する(清めの祭りでもある)
ルペルカリア祭の始まる日であった。

当時
若い男たちと女たちは生活が別だった。

祭りの前日、
女たちは紙に名前を書いた札を
桶の中に入れることになっていた。

翌日、
男たちは桶から札を1枚ひいた。

ひいた男と札の名の女は、
祭りの間パートナーとして一緒にいることと
定められていた。

そして多くのパートナーたちは
そのまま恋に落ち、そして結婚した。

ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、
愛する人を故郷に残した兵士がいると
士気が下がるという理由で、
兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。

キリスト教の司祭だった
ウァレンティヌス(バレンタイン)は、
婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、
彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、
やがてその噂が皇帝の耳に入り、
怒った皇帝は二度とそのような行為をしないよう
ウァレンティヌスに命令した。

しかし、
ウァレンティヌスは毅然として
皇帝の命令に屈しなかったため、
最終的に彼は処刑されたとされる。

彼の処刑の日は、
ユーノーの祭日であり、
ルペルカリア祭の前日である
2月14日があえて選ばれた。

ウァレンティヌスは
ルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。

このため
キリスト教徒にとっても、
この日は祭日となり、
恋人たちの日となったというのが一般論である。

バレンタインデー

2020/02/13

秋吉台

2月13日
木曜日

秋吉台

総会旅行で行った所を紹介しています。

秋吉台(あきよしだい)は、
山口県美祢市中・東部に広がる
日本最大のカルスト台地。

北東方向に約16km、北西方向に約6kmの広がりを有し、台地上の総面積54km2、
石灰岩の分布(沖積面下の潜在部を含む)
総面積93km2、台地面の標高180〜420mである。

厚東川によって東西二つの台地
(東台と西台)に分けられ、
東側地域が狭義の
秋吉台(特別天然記念物、国定公園)である。

地表には
無数の石灰岩柱とともに多数のドリーネ
(擂鉢穴)を有するカッレンフェルトが発達し、
地下には秋芳洞、大正洞、景清穴、中尾洞など、
400を超える鍾乳洞がある
(近年も新しい洞窟が発見されている)。

カルスト台地上の降水は
蒸発散以外は全て地下に浸透し、
秋芳洞をはじめとする多くの洞窟地下水系を通じ、
東台と西台に降る雨の大半が厚東川に排出する。

東台の主部は広大な草原地となっており、
昭和中頃まではドリーネ耕作や飼料用草刈り場として
維持するため、春先に山焼きが広く行われていたが、
近年は草原の景観維持の目的に変わり
毎年2月に実施されている。

しかし地域の高齢化、過疎化による
労力不足から次第に実施面積が縮小しつつあり、
草原維持の面で問題が生じつつある。

台上東部の小盆地に集落(長登)がある。

東台とは外れて小面積の
猪出台と中台、八久保台があるが、
広い意味で東台と総称される。

西台の大半は樹林地で、
台地内のカルスト凹地3ヶ所に集落
(江原、入見、奥河原)がある。

石灰石資源の鉱区として
数カ所で採掘が大きく進んでいる。

西台の本体と離れて伊佐台があるが、
ふつう西台と総称される。

秋吉台のカルスト台地は
ひとつの石灰岩の大地塊からなるが、
その厚さは西台の西端で50〜200m、
東台の東北端で1000m以上に達することが
ボーリングデータから知られている。

東台には
秋吉台科学博物館や秋吉台エコミュージアム、
長登銅山文化交流館、秋吉台家族旅行村、
秋吉台少年自然の家、秋吉台ユースホステル、
秋吉台道路など、学術研究や観光用の施設が
数多く整備されている。

西台の麓の美祢市街地には
美祢市歴史民俗資料館、美祢市化石館がある。

秋吉台