2023/09/01
防災の日
9月1日
金曜日
防災の日
1923年(大正12年)9月1日に発生した
関東大震災を忘れることなく災害に備えようと、
伊勢湾台風襲来の翌年である
1960年(昭和35年)に閣議決定で制定。
災害は忘れた頃にやって来る。
防災意識を高めましょう!
2023/08/31
連続テレビ小説「らんまん」登場植物シリーズ オーギョーチ
8月31日
木曜日
連続テレビ小説「らんまん」
登場植物シリーズ
オーギョーチ
(アイギョクシ)
アイギョクシ
(愛玉子、学名:Ficus pumila var. awkeotsang)は、
クワ科イチジク属のつる性植物。
その果実から作られる
ゼリー状デザートを
オーギョーチ(台湾語のò-giô-chíから)という。
愛玉子という名の由来は、
『台湾通史』の「農業志」に記載があり、
実を水の中で揉みだすと
固まる性質を発見した人が
愛娘の名「愛玉」にちなんでつけたものとされている。
台湾北部の山間地に自生する。
その果実より
寒天状のデザートが作られるところから、
カンテンイタビの和名を持つ。
台湾固有の植物であり、
台湾にのみ自生し、栽培される。
愛玉子(カンテンイタビ)は
日本を含む東アジアに自生する
オオイタビ(学名:F. pumila L.)の一変種で、
他のイチジク属の植物と同様、
花嚢と呼ばれる嚢状体の中に花をつける。
イタビカズラ類は雌雄異株で、
雌株の花嚢内の雌花が共生する
イチジクコバチ類によって受粉すると、
内部に多数の微細な果実を含んだ
花嚢と呼ばれる嚢状体に成熟する。
イチジクの場合、
熟した果嚢は全体がやわらかく熟し、
食べられるようになるが、
愛玉子やオオイタビは嚢状体の壁が堅くなり、
熟すと裂け、
ペクチンを多く含むジャムのような物質に埋まった、
ゴマの種子に似た、微細な果実の塊を露出する。
このジャムのような果実の塊は甘く、
そのままでも食べられるが、
この果嚢を裏返して取り出した
ゴマ粒ほどの大きさの種子
(植物学上はこの個々の粒が果実そのもの)を
乾燥して保存し、愛玉冰の材料に用いる。
愛玉子は
植物の中でもとりわけペクチンの含有量が多いため、
寒天などのように加熱することなく固まる
珍しい特質がある。
乾燥したひとつかみの種子を
布袋に入れて水の中で5~6分から10分程度揉んでいると、果実をくるむペクチン質の部分が溶け出て
水を吸ったゲル状に膨潤し、弾力性が出てくる。
それを2時間ほど放置すれば
常温で寒天状の愛玉子ゼリー(オーギョーチ)ができる。
用いる水に
適度のカルシウムが含まれていなければ凝固しないため、蒸留水や軟水では作れない。
また油分によっても凝固が妨げられる。
通常は氷水や冷蔵庫で冷やして食べる。
愛玉子ゼリーそのものはほぼ無味であり、
レモン風味など各種シロップをかけて味付けする。
台湾の夏の風物詩で、
屋台やデザート店、レストランなど
幅広い場所で食べることが出来る。
台湾では亀ゼリー、仙草ゼリーとともに
三大ゼリーの一つとして人気がある。
タピオカティーを販売するドリンクスタンドでは、
愛玉子ゼリー入りの飲み物が
定番商品として販売されている。
日本にも
カフェやレストランなどで供されるほか、
専門店もある。
2023/08/31
方広寺の鐘銘事件
8月31日
木曜日
方広寺の鐘銘事件
1614年8月31日
(慶長19年7月26日)
徳川家康が、
豊臣秀頼が再建した方広寺の鐘の
「国家安康」の文字に言いがかりをつけ
落慶法要を延期させる。
大坂冬の陣のきっかけに。
方広寺(ほうこうじ)は、
京都市東山区にある天台宗の寺院。
通称は「大仏」または「大仏殿」。
豊臣秀吉が発願した
大仏(盧舎那仏)を安置するための寺として
木食応其によって創建された。
慶長13年(1608年)より
片桐且元を奉行として再建が開始され、
慶長15年(1610年)6月に地鎮祭、
同年8月に立柱式が実施されて、
慶長17年(1612年)には大仏殿と大仏が完成した。
続いて大仏は金箔を押す作業に入る。
慶長19年(1614年)には梵鐘が完成し、
徳川家康の承認を得て、
開眼供養の日を待つばかりとなった。
ところが家康は
同年7月26日に開眼供養の延期を命じる。
上記の梵鐘の銘文
(東福寺、南禅寺に住した禅僧文英清韓の作)のうち
「国家安康」「君臣豊楽」の句が
徳川家康の家と康を分断し豊臣を君主とし、
家康および徳川家を冒瀆するものとみなされ、
最終的には大坂の陣による
豊臣家の滅亡を招いてしまったとされる
(方広寺鐘銘事件)。
なおこの事件を
徳川方の言いがかりとする見方がある一方で、
「姓や諱そのものに政治的な価値を求め、
賜姓や偏諱が盛んに行なわれた武家社会において、
銘文の文言は、
徳川に対して何らの底意を持たなかったとすれば
余りにも無神経。
むろん意図的に用いたとすれば
政局をわきまえない無謀な作文であり、
必ずしも揚げ足をとってのこじつけとは言えない。
片桐且元ら
豊臣方の不注意をせめないわけにはいかない
とする指摘もある。