2023/04/15
日本初のターミナルデパート
4月15日
土曜日
日本初のターミナルデパート
1929年(昭和4年)4月15日
阪急百貨店開店。
日本初のターミナルデパート。
1920年(大正9年)11月1日に、
5階建ての阪急梅田ビル1階に
東京・日本橋の
老舗呉服店系百貨店・白木屋を招致して
白木屋梅田出張店が開店した。
55坪の店舗で食料品や日用雑貨の販売を行わせ、
11月5日、2階に阪急直営である大衆食堂の
阪急食堂を開設したのが始まりである。
この白木屋の店舗を
売上歩合制の家賃として売上実績のデータを入手し、
そのデータから
梅田駅でのターミナルデパートの可能性を
固く信じた小林一三は、
契約期間が満了を理由に
白木屋との契約を解除して
1925年(大正14年)6月1日に
阪急梅田ビル2・3階に
自社直営の食料品や生活雑貨中心の
スーパーに近い形態の阪急マーケット、
4・5階に直営の阪急食堂を移設して開業し、
直営でのターミナルデパートの第一歩を踏み出した。
その後、
梅田駅ビルを地上8階地下2階に
全面改築して大幅に拡張し、
敷地面積328坪で延べ床面積3280坪という
百貨店に相応しい規模の店舗を作って
1929年(昭和4年)4月15日に
鉄道会社直営=電鉄系百貨店として
阪急百貨店を開業した。
この開業を
日本初のターミナルデパート
(ターミナルデパートは欧米にない日本独特のもののため同時に世界初となる)とする見方も多いが、
現・近鉄大阪上本町駅に設けられた
三笠屋百貨店を
最初のターミナルデパートとする見方もある。
開業直前の
1929年(昭和4年)4月13日・14日掲載の
開店新聞広告に
「どこよりもよい品物を、どこよりも安く売りたい」
とのコピーを入れたように
開業当初は大衆向けの路線を採り、
沿線の行楽に向かう人々への弁当販売を手がける等、
今日のターミナルデパートの
雛形となった存在としても知られる。
経営の中心であった7・8階の大食堂は、
高層階からの眺望や食券方式などの
目新しさにより、人気を博した。
看板メニューとして当時高級品だった
ライスカレーをコーヒー付き25銭で提供するなど、
ランチも名物として話題となった。
開業直後に襲った昭和恐慌の時代に、
ライスのみを注文して
テーブルに備えられていたウスターソースをかけただけで食べるソーライスが流行した際は、
他の店舗や当店の大食堂の店員が
締め出しを図ろうとした。
しかし、
創業者の小林一三は
「今は貧しいが、やがて結婚し子供ができる。
その時ここでの食事を思い出し、
家族で来てくれるだろう」と考えて
「ライスだけの客歓迎」と張り紙をさせ、
福神漬けまで付けて提供するなど、
話題となった。
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