2021/06/10
自転車屋の生き物歳時記 シマハゼ(アカオビシマハゼ)
6月10日
木曜日
自転車屋の生き物歳時記
シマハゼ
(アカオビシマハゼ)
この魚も
子供の頃に
近所の金平浜で良く釣った魚だが
大人になってから他の釣り場では
ほとんど見た事がない。
赤っぽかったので
アカオビシマハゼと思われる。
汽水域や浅海に生息するからでしょうね。
これも自分にとっては懐かしい魚です。
硬骨魚綱スズキ目ハゼ科に属する海水魚。
体側に褐色の2縦帯があり、とくに雌で顕著である。
雄は雌より大きくなり、
全長11センチメートルに達する。
日本、朝鮮半島、中国南部に分布。
日本では北海道から九州まで産し、
沿岸の浅所にすむ。
カキ、アコヤガイなど貝類の養殖場にとくに多い。
九州における産卵期は4~7月。
貝殻の内面に卵塊を産み付け、
雄の親魚がそれを守る習性がある。
近年、
北アメリカ西岸、オーストラリア東岸にも移住し、
繁殖している。
食用にはしない。
2021/06/10
高麗郡(こまぐん)
6月10日
木曜日
高麗郡(こまぐん)
716年6月10日
(霊亀2年5月16日)
高句麗の遺民1799名を
武蔵国に移し高麗郡を設置。
高麗郡(こまぐん)は、
埼玉県(武蔵国)にあった郡。
現在の行政区画では概ね以下の区域に相当する。
日高市(全域)
鶴ヶ島市(全域)
川越市(入間川以西)
狭山市(同上)
入間市(大字野田、仏子、新光)
飯能市(大字坂石、坂石町分、南、南川、北川
、高山、坂元、上名栗、下名栗を除く全域)
716年、
朝廷が駿河など7ヶ国に居住していた
旧高句麗から渡来系移民1799人を
武蔵国の一部に移し、高麗郡を設置したとされる。
初代郡司は高麗若光で、
666年に高麗の副使として
天智天皇に貢ぎ物を捧げている。
設置時の郡域は
現在の日高市と飯能市のそれぞれ一部であり、
律令制下では小郡に分類されていた。
『倭名類聚抄』には
高麗郷(現在の日高市高麗本郷付近)
・上総郷(現在の飯能市北東部)の二郷の名が
記されている。
郷名から高麗郷には
旧高句麗の遺民(国が滅びて残った民)が、
上総郷には上総国からの移民が
配置されたものと考えられている。
中世以降郡域が
東側の入間郡・比企郡方面に拡大し、
江戸時代には現在の鶴ヶ島市全域
・日高市のほぼ全域および飯能市の東半分、
川越市・狭山市・入間市の
それぞれ北西側の一部を含む地域となり、
入間川が入間郡との境界となっていた。
廃藩置県後に行われた
全国的な府県統合に伴い
入間県→熊谷県→埼玉県と所属を変え、
1878年(明治11年)7月22日、
郡区町村編制法制定に伴い、
行政区域としての高麗郡が誕生した。
高麗郡役所は
郡の中心地であった飯能町ではなく、
入間郡と共同で川越町に置かれていた。
1896年(明治29年)3月29日、
郡制の施行のため入間郡に編入されて消滅した。
2010年5月に
高麗郡建郡1300年祭準備会としてスタートし、
2015年に一般社団法人高麗1300
(理事長:大野松茂)を設立。
1300年の節目である2016年には
埼玉県の事業として1300年記念事業が
各種開催された。
4月には、
高麗若光の会が高麗神社に記念碑を建立し、
高円宮妃久子ほか柳興洙駐日韓国大使、
馳浩文部科学相らが建立を祝った。
また、
翌年の2017年(平成29年)9月20日には、
明仁天皇、美智子皇后が、
私的旅行として高麗神社を参拝した。
天皇の参拝は創建以来初めてである。
ほかに高麗家住宅・巾着田を視察した。
2021/06/09
元寇(弘安の役)
6月9日
水曜日
元寇
1281年6月9日
(弘安4年5月21日)
元寇: 壱岐・対馬に高麗の兵船が襲来。
弘安の役の始まり。
元寇(げんこう)とは、
日本の鎌倉時代中期に、
当時モンゴル高原及び中国大陸を中心領域として
東アジアと北アジアを支配していた
モンゴル帝国(元朝)および
その属国である高麗によって2度にわたり行われた
対日本侵攻の呼称である。
1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、
2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)
という。
蒙古襲来とも。