2022/06/10
時の記念日
6月10日
金曜日
時の記念日
東京天文台(現 国立天文台)と
生活改善同盟会が1920年(大正9年)に制定。
日本書紀の
天智天皇10年4月25日
(671年6月10日)の項に、
「漏刻を新しき台に置く。
始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。」
とあることから。
日本初の時計が鐘を打った日が
6月10日であることからこの日となった。
なお、「漏尅」
すなわち「漏刻」とは水時計のことである。
2022/06/10
真の親日国 スリランカ
6月10日
金曜日
真の親日国
スリランカ
太平洋戦争の時
スリランカ(セイロン)は
イギリスの植民地だったが
日本が
イギリスと戦争をしている事を聞かされ
同じアジアで
俺たちを支配している国と
戦っている国があると日本を敬い
そしてのちに独立を勝ち取った。
太平洋戦争が終わり
戦後の会議で
ロシアは戦勝国で日本を
4つに分けようと言い出した。
アメリカは反対したが
もっとも反対したのは
独立国になったスリランカだった。
なぜ
戦勝国が
敗戦国を支配しなければいけない!?
憎しみは憎しみしか生まない!
拍手喝采が起こり
日本は戦勝国による分割支配を免れた。
戦後
日本が最初に国交を樹立したのは
スリランカだった。
大人も子供も
こんな事実はほとんど知らない
日本とスリランカの
友情の物語を知らない。
なぜ
学校教育で
こんな大事な事を教えない。
2022/06/09
自転車屋の生き物歳時記 ラミーカミキリ
6月9日
木曜日
自転車屋の生き物歳時記
ラミーカミキリ
こいつはリアルには
1回ぐらいしか見た事がないんですが
背中の模様が秀逸ですね!
ガチャピンが
燕尾服を着たようにしか
見えませんよ。
ラミーカミキリ(Ramie髪切、学名:Paraglenea fortunei)は、
コウチュウ目(鞘翅目)・カミキリムシ科に分類される甲虫の一種。
初夏にカラムシなどに集まる
小型のカミキリムシで、
日本では西日本の各地で見られる。
名前は本種の食草のひとつである
ラミー(Boehmeria nivea var. candicans Wedd.:カラムシの変種の一つ)から。
成虫の体長は10-20mmほど。
小型のカミキリムシだが、
体は鮮やかな黒と緑白色に色分けされる。
ただし緑白色部分は
個体や標本の状態などによって
青白色や黄白色にも見える。
背中側から見ると
前胸の背中側は緑白色で2つの円い黒点があり、
ジャイアントパンダの顔のように見える。
前翅は黒いが後半部に
これも緑白色の太い横帯模様がある。
前翅のつけ根にも小さな白い斑点が出るが、
この斑点の大きさには個体差があり、
ほとんど目立たない個体もいる。
触角は体長とほぼ同じ長さである。
成虫は5月-8月頃に発生し、
イラクサ科のカラムシ、ヤブマオ、
アオイ科のムクゲなどを食草とする。
昼間に活動し、
食草の茎や葉をかじって食べたり、
周囲を飛び回ったりする。
ゴマダラカミキリなどに比べると身軽で、
捕えようとすると擬死して地表に落下するか
素早く飛翔して逃げようとする。
幼虫は
食草の茎の中に食いこみ、
茎の髄を食べて成長する。
成長した幼虫は地下茎にまで食いこむ。
秋から冬にかけて食草の根もとを切ると、
30-40mmほどの
白くて細長い幼虫が出てくることがある。
インドシナ半島北部から
中国、台湾、日本まで分布する。
ただし後述するように、
日本のものは
幕末から明治にかけて侵入した
外来種とみられている。
日本国内での分布は
関東地方以西の西日本で、
九州では公園や道端等のカラムシ葉上に
普通に姿が見られ、
また、20世紀末に
東京都の多摩地区でも生息が確認された。
21世紀初頭現在、
東京都八王子市の低山地では
ほぼ全域で完全に定着し、
同地で最も普通にみられる
カミキリムシの一つとなっている。
これは
冬季の平均気温4℃の線以南の地域と
ほぼ一致するとされ、
温暖化にともないその分布域が
北上傾向にあるとも言われる。
日本で最初の記録は、
英国人昆虫学者 H. W. ベイツによる
1873年のもので、
これは1864年から1872年にかけて
茶葉貿易の仕事で滞日していた
英国人昆虫研究者 G. ルイス(George Lewis)が
長崎で採集したもので、
繊維を採るために導入された
ラミーと共に移入されたものだと考えられている。