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2022/09/23

自転車屋の生き物歳時記 植物編 ヒガンバナ

9月23日
金曜日
秋分の日

自転車屋の生き物歳時記
植物編

ヒガンバナ

ヒガンバナ
(彼岸花、石蒜、学名 : Lycoris radiata[1])は、
ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。

別名は
曼珠沙華(マンジュシャゲ)、
学名からリコリス・ラジアータとも呼ばれる。

原産地は中国大陸であり、
日本においては帰化植物に分類される。

分布は
北海道や東北地方を除く日本全国である。

秋の彼岸(9月)の頃に、
花茎の先に強く反り返った鮮やかな赤い花を咲かせ、
秋の終わりに葉が伸びて
翌年の初夏に枯れるという、
多年草としては珍しい性質を持っている。

地下の鱗茎(球根)に
強い毒性を有する有毒植物であるが、
かつて救荒作物として
鱗茎のデンプンを毒抜きして食べられていた。

学名の属名 Lycoris(リコリス)は、
ギリシャ神話の女神・海の精である
ネレイドの1人であるリュコーリアス(英語版)(Lycorias)からとられ、
種小名 radiata (ラジアータ)は「放射状」の意味で、
花が完全に開いた時に放射状に
大きく広がっている様子に因む。

英語では、
レッドスパイダーリリー(Red spider lily)、
スパイダーリリー(Spider lily)などの花名がある。

彼岸花(ヒガンバナ)の名は秋の彼岸頃、
突然に花茎を伸ばして
鮮やかな紅色の花が開花する事に由来する。

別の説には、
これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、
という説も有る。

別名の曼珠沙華(マンジュシャゲ)は
歌にも歌われた事でも知られ、
梵語(サンスクリット語)で「赤い花」
「葉に先立って赤花を咲かせる」という意味から
名付けられたと言われている。

サンスクリット語 manjusaka の音写であり、
『法華経』などの仏典に由来する。

また、法華経序品では、
釈迦が法華経を説かれた際に、
これを祝して
天から降った花(四華)の1つが曼珠沙華であり、
花姿は不明だが「赤団華」の漢訳などから、
色は赤と想定されている。

従って四華の曼陀羅華と同様に、
法華経で曼珠沙華は天上の花という意味もある。

また、
『万葉集』に見える「いちしの花」を
彼岸花とする説も有る
「路のべの壱師の花の灼然く人皆知りぬ我が恋妻は」。

食用は一般的には危険だが、
毒を抜いて非常食とする場合もあるので
悲願の花という解釈も見られる。

日本では各地方のみで通じた異名が派生し、
別名・地方名・方言は
数百から1000種以上あると言われている。

葬式花(そうしきばな)、墓花(はかばな)、
死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、
幽霊花(ゆうれいばな)、火事花(かじばな)、
蛇花(へびのはな)、剃刀花(かみそりばな)
狐花(きつねばな)、捨て子花(すてごばな)、
灯籠花(とうろうばな)、天蓋花などがその例で、
不吉な別名が多く見られる。

加えて、開花時に葉が無く、
花と葉を同時に見られないため、
葉見ず花見ず(はみずはなみず)の別称も有する。

ヒガンバナは
有毒植物として知られており、
特に鱗茎に作用の激しいアルカロイドを約1‰含んでいる。

含有されるアルカロイドとしては、
リコリンが50パーセントであるが、それ以外にも、
ガランタミン、セキサニン、ホモリコリンなどを含む。

リコリンの語源は
ヒガンバナ属の学名「リコリス」に由来し、
経口摂取すると流涎(よだれ)や吐き気、
腹痛を伴う下痢を起こし、
重症の中毒の場合には中枢神経の麻痺を起こして
苦しみ、稀に死に至る場合もある。

日本列島では水田の畦や墓地に多く見られ、
人為的に植えられたと考えられている。

その目的は、
畦の場合はネズミ、モグラ、虫など、
水田に穴を作り水漏れを起こさせるなど、
水田を荒らす動物がその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ようにするためとされる。

墓地の場合は虫除け及び土葬後、
死体が動物によって荒されるのを防ぐためとされる。

モグラは肉食のため
ヒガンバナとは無縁という見解もあるが、
エサのミミズが
ヒガンバナを嫌って土中に住まないために、
この草の近くにはモグラが来ないともいう。

鱗茎はデンプンに富む。

鱗茎に含まれる
有毒成分であるリコリンは水溶性で、
すり潰して長時間水に晒せば、
リコリンを水で流し去って無害化が可能であるため、
食べることができた。

しかし、
毒性が強いため、どの程度さらせば
無毒化して安全に食べられるのかについての
定説は見当たらない。

古い時代に飢饉の際の飢えを救ってきた救飢植物として、食料とするため各地に植えられたと考えられている。

第二次世界大戦中などの戦時や
非常時において食用とされ、
春先に採取されたこともある。

また、
花が終わった秋から春先にかけては葉だけになり、
その姿が食用のニラやノビル、アサツキに似ているため、誤食してしまうケースもある。

鱗茎は石蒜(せきせん)という名の生薬であり、
漢名にもなっている。

葉が枯れ始めた頃に鱗茎を掘り上げて、
ひげ根を取り除いて水洗いした物で、
往年は製薬原料に用いられた。

民間では、外用薬としての利用法が知られ、
肋膜炎、腹膜炎、腎臓病などの水腫に、
球根をすりおろして、
トウゴマ(別名:ヒマ)を一緒に
すり鉢で砕いてすり混ぜて、
両足裏の一面に布などに塗りつけて湿布し
包帯を巻いておくと、
利尿作用によりむくみを取り去ることに役立つとされる。

ただし、
利尿や去痰作用を有するものの有毒であるため、
素人が民間療法として利用するのは危険である。

毒成分の一つであるガランタミンは、
アルツハイマー病の治療薬として利用されている。

自転車屋の生き物歳時記  植物編  ヒガンバナ

2022/09/23

秋分の日

9月23日
金曜日

秋分の日

秋分の日(しゅうぶんのひ)は、
日本の国民の祝日の一つであり、
祝日法により天文観測による秋分が起こる
秋分日が選定され休日とされる。

通例、
9月22日から9月23日ごろのいずれか1日。

しばしば昼が短くなって
「昼と夜の長さが等しくなる日」といわれるが、
実際は昼の方が少し長い。

「秋分の日」は、
1948年(昭和23年)に
公布・施行された国民の祝日に関する法律(「祝日法」、昭和23年法律第178号)によって制定された。

同法第2条では
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。」
ことを趣旨としている。

秋分の日

2022/09/22

有岡城の戦い

9月22日
木曜日

有岡城の戦い

1579年9月22日
(天正7年9月2日)

荒木村重が配下を残し、有岡城を脱出。

有岡城の戦い
(ありおかじょうのたたかい)は、
天正6年(1578年)7月から
翌天正7年(1579年)10月19日にかけて
行われた籠城戦。

織田信長に帰属していた
荒木村重が突然謀反を起こしたことに端を発する。
「伊丹城の戦い」とも呼ばれている。

当初
高槻城主の高山右近や
茨木城主の中川清秀ら摂津の大名は
荒木村重に味方するが

摂津衆も信長方に寝返り
荒木村重は孤立して敗走した訳ですが

信長に謀反を起こすと言うのは
荒木村重は
大した男やなと思いますね!

荒木村重の奥方が
だしと言う名前で絶世の美女らしくて
NHK軍師官兵衛では
桐谷美玲が演じていましたが
美しかったな。

奥方のだしを含め
謀反人の荒木村重の一族郎党は
斬首刑にされてしまいました。

有岡城の戦い