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2022/07/13

神戸平野祇園祭

7月13日
水曜日

神戸平野祇園祭
(平野の祇園さん)

京都の祇園祭のように
全国的には知られていませんが
神戸にも祇園祭があります。

兵庫区の平野地区にあり
長い坂と90段の石段を登った
小高い山の上に祇園神社があります。

由来としては
疫病対策の為に
姫路の広峰神社に祀られていた
スサノオノミコトを京都に分霊する時に
御輿の行列が
ここ平野で一泊した事にあるようです。

スサノオノミコトは
京都よりも先に
神戸においでになっていた訳ですわ。

今年も
13日~20日まで
平野祇園祭が行われます。

もう長い事
平野の祇園さんに行ってないな。

神戸平野祇園祭

2022/07/13

船中八策

7月13日
水曜日

船中八策

1867年7月13日
(慶応3年6月12日)

坂本龍馬が『船中八策』を著す。

船中八策(せんちゅうはっさく)は、
土佐藩脱藩志士の
坂本龍馬が江戸時代末期(幕末)の
慶応3年(1867年)に起草した
新国家体制の基本方針とされるものの俗称。

後世の創作である、という説が有力である。

慶応3年(1867年)6月

坂本龍馬は
いろは丸沈没事件を解決させたのち、
京都に上洛していた
前土佐藩主の山内豊信(容堂)に対して
大政奉還論を進言するため、
藩船の夕顔丸で長崎を出航し、
上洛中の洋上で
参政の後藤象二郎に対して口頭で提示したものを
海援隊士の長岡謙吉が
書きとめ成文化したとされている。

公議政体論のもと、

大政奉還
上下両院の設置による議会政治
有能な人材の政治への登用
不平等条約の改定
憲法制定
海軍力の増強
御親兵の設置
金銀の交換レートの変更

当時としては画期的な条文が
平素な文章として記されている。

龍馬と交流のあった
勝海舟、大久保一翁の影響、
福井藩の政治顧問であった横井小楠からの影響も
指摘されている。

また由利公正や上田藩士の赤松小三郎、
真木保臣(久留米水天宮宮司、久留米藩士)が
1861年(文久元年)に著した
『経緯愚説』から影響を受けたとする説もある。

8番目の経済政策は、
海援隊を組織して貿易を行なっていた
龍馬らしい着眼点といえる
(金銀の交換レートが国内と国外で異なっていると、
二国間で金銀の交換を行なうだけで
利益を上げられるので、
貿易や物価安定に好ましくない)。

薩土盟約や土佐藩の大政奉還建白書、
五箇条の御誓文にまで連なる内容を持ち、
卓越した議論といえる。

船中八策

2022/07/12

ミョウガの収穫

7月12日
火曜日

ミョウガの収穫

プランターで育てている
ミョウガの収穫が出来ました。

去年は
苗を植えた時期が
7月と遅かったので
3つぐらいしか採れませんでしたが

今年は
まだまだ採れそうです。

ミョウガの収穫